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ジブラルタル海峡を通過し、バレアレス諸島沖に入る。 特に大きなアクシデントもなく航海は順調そのもの。 マストから見下ろす風景もいつもより大きく見えた。 「ふふ。もーすぐだっ。」 「桃ちゃん、やけに嬉しそうだね。」 ゆぐがひょいっと隣に腰掛ける。 「うんっ。もうすぐチュニスじゃない。久しぶりにあの子に会えるもの。」 「そっかぁ。そうだね。チュニスっていえばリリーだっけ。 桃ちゃんいっつも言ってる子。」 ゆぐはポンと手を叩くとティレニア海へ向き直った。 「確かおいらと出会う前の話なんだよね。あの頃は桃ちゃんも若かったんだろうなあ・・・。」 「じぃぃ。うら若き乙女つかまえて何言ってんの!」 「ひぃぃ〜」 バシっと背中を叩くとゆぐは一目散にマストを降りていった。 一人きりになった私はもう一度チュニスを思い浮かべる。 あれから三年かあ。リリー元気にしてるかな。
ジェノバで依頼を受けた私は一路セビリアへと向かう。 途中嵐に逢い、まだ経験の浅かったため航路を見失っていた。 「船長、食料があと三日分しか持ちやせんぜ。至急近くの港に寄港してくだせぇ。」 「あっ、うん・・・。でもここどこだろう・・・。」 船員達が呆れる様な目線で私を見つめる。だってぇ・・。 「しっかりしてくれやせぇ。船長の四文儀をあっしらに渡してもらえやすか?」 淀みのない手付きで四文儀を操る熟練船員。あの人の船から指導役で着てくれた人達だ。 「 ですぜ。こっからだと南西にチュニスって港町がありやす」 「わかりました。ではそこに寄港しましょう。」 気を取り直して背筋を伸ばす。ちょっとでも威厳のあるとこを見せないと・・・。 「そうそう、あんたがこの船の大黒柱だ。どしっと構えてりゃええんです。あとはあっしらがサポートしまさあ。」 そう言うと船員達はにっこりと笑った。 今はまだ未熟でもいつかきっとこの人達に相応しい船長になってみせる。
数日後、商用キャラベル「アマルシア」がチュニスに寄港した。 「よし。船長、あっしらは船でまってやす。食料と水の補給をお願いしまさあ。」 「了解っ。すぐに戻るね。」 私は甲板を降りるとすぐに出航所へと駆け出した。 「しかし、、旦那ぁ、ここって確かオスマンの港じゃ。船長一人で大丈夫でしょうか?」 「船長には酷だが俺らが着いていっても何にもならんさ。ここで経験積んでもらわないとな。」 「でも船長に何かあったら・・・。」 中堅船員は気遣うように熟練船員を見た。 「そん時はそん時だ。ま、そうならねえように手は打ってある。もっとうちらの船長信じようぜ。」 「旦那がそう言うんなら仕方ねえ。」 何か嫌な予感するよなあ。何も無ければいいんだけど。
「入港管理局はこっちよね・・・何か私の知る場所とは違うけど・・。」 辺りにはターバンやイェレク。女性であればチャドリを着た人達が並んでいる。 水や食料、生活必需品は勿論、持ち込んだ交易品も全て入港管理局でチェックされる。 街にとって有害な物を持ち込ませないためのものだ。 ここで許可を貰えなければ補給もままならない。ま、くよくよしててもしょうがないよね。 「おじさん、あの船に水と食料を補給したいんだけど、許可下さい。」 「いらっしゃい。って、あんた・・・西洋人か?」 管理官が私の服装をジロジロと見つめた。確かに浮いてるとは思うけど・・・。 隠すのも嫌だし。私は素直に答えた。 「はい。ジェノバからきたの。途中で嵐に遭っちゃって補給させてほしいんだけど。」 「そいつは大変だったなあ。でもな、お嬢ちゃん。ここはオスマントルコの管轄下だ。西洋人の入港は認められないな。」 ・・・オスマンの港?!確かに言われて見れば見た事のない船がいっぱい並んでる。 でも私がここで食い下がるわけにはいかない。皆がお腹空かせて待ってるもの。 「そ、そこを何とかお願いしますっ!食べる物も残り少なくて・・・。」 「お嬢ちゃん、気持ちはわからんでもないが、あんたそんな格好で街中出てみろ。すぐにオスマンの兵隊が来て連れてかれちまうぞ。」 管理官のおじさんはダメだダメだと手を振った。 「ほらほら、帰った帰った。入港したいんならそれなりの格好してきな。」 そんなあ・・・。海の上でも役立たず。そして補給すらまともにできない船長。泣きたくなってくる。 その時だった。 「おねーちゃん、こっちこっち。」 年は13歳くらいだろうか。真っ白のガンドゥーラに身を包んだ可愛らしい女の子だった。 女の子に手を引かれて駐留している船の片隅に着くと、 「もう、ダメじゃないっ。」 途端に女の子がまくしたてた。 「いい、おねーちゃん。ここは西洋人の街じゃないの。おねーちゃんみたいな人がそんな格好でうろついてたら入管にいても捕まっちゃうんだからねっ。」 「う。うん。」 「でもどうしても入りたいとか?」 「うん!船の皆にご飯持って行かなくちゃ・・・。」 「ふむふむっ。それならあたしに良い案があるよっ。」 女の子は人差し指をグイっと上に突き出しこう言った。 「あたしの依頼聞いてくれたら、代わりにうちのお母さんのお洋服貸してあげるっ。」 なるほどっ。そうきたかぁ。 「うん。いいけどその前に・・・・。」 「その前に?」 「私の名前は桃夏。あなたの名前は?」 「あたしはリリー。よろしくね、桃おねーちゃんっ。」 それが小さな依頼人、リリーとの出会いでした。
20分後、リリーのお母さんのチャドリとチャドル、アラビアンシューズを借り倉庫裏でこっそりと着替えた。 「うんうん、サイズは良い感じだね。似合う似合う。」 チャドルで顔を隠す。イスラムの教えなのかな?ちょっと窮屈だけど仕方ないっか。 「でもリリーのお母さん用のなんでしょ。勝手に持ち出して叱られないの?」 「んー、あたしんちのお母さん二年前に流行病で倒れちゃってね。もういないんだ・・。」 「・・・そうだったの。ごめんね、変な事聞いて。」 「んーんー。いいよっ。もう昔の事だもの。」 そう言ってリリーはニッコリと笑った。 どうしてだろう。どうしてこの子はこんなに強いのかな。私だったらそんな風には笑えないよ・・・。 「ねね、リリーは私にどうしてここまでしてくれるの?」 いくら頼みごとがあるとはいえ、大切な人の形見を貸してまでしたい頼みごとって何だろう。 「桃おねえちゃんはいつから海に出てるの?」 リリーは途端に真剣な顔つきになって聞いてきた。 「ついこないだ。私が18の誕生日を迎えたときからかな。まだ三ヶ月目で皆に迷惑かけてばっかりで・・。」 「やっぱりそっかぁ。まだ駆け出しさんなのね。」 「うん・・・。」 何か年齢と立場が逆みたい。でも私の目にはリリーが大きく見えたんです。 「あたしんちね、そんな裕福じゃなかったからさ。お母さん倒れてから私が代わりに店番する事になって。お父さん、お母さんがいなくなってから半年に一回巡礼船で南の大きなモスクに行くようになったてこともあるんだけど。」 この子は二年前からずっと働いてきたんだ・・・。 「凄いんだね、リリーって。」 「あははっ。そんな事ないない。あたしと桃おねーちゃんって似てるなあって思ったの。」 「えっ?どうして?」 「さっきの会話聞いてたよっ。桃おねーちゃんって自分に自信ないでしょ?」 う・・・。確かにまだ経験の浅い私には海千山千の船乗り達に自信をもって命令なんて出来ないよ・・・。 「あ〜、その顔、さっきと一緒だぁ。おねーちゃん、駆け出しだからとか経験浅いとか考えてるんでしょっ。」 リリーは人差し指を私の顔に突きつけ、そのまま胸の位置まで持ってくる。 「いい?経験や経歴って確かに大事だけど、それよりもっと大事なものがあるの。」 「う、うん。」 「お母さん亡くして毎日泣きながら店番してた。その時ね、桃おねーちゃんみたいな西洋人が入港してきたの。当時は今よりもっとオスマンの取締りが厳しくて、入管どころか港前で迎撃する構えすらみせたって聞いた。でもその人はティレニア海で海賊に襲われてたオスマンの商船を曳航しててね。」 「うん。」 「特例として港への立ち入りと補給を認められたんだけど、その時うちの店に来たんだ。すっごいキレイでカッコ良い人だったよっ!」 リリーが目を輝かせてなおも続ける。 「でも当時のあたしって塞ぎ込んじゃってたからさ。その日も慣れない仕事と悲しみでポカしちゃったの。あたしはまた怒られるって思って萎縮しちゃってたんだけど、その人怒るどころか頭をなでてくれてね。気付いたら今まで辛かった事とかその人に全部打ち明けちゃってたみたい。」 てへ、と舌を出す。 リリー、生きるって事はさ、誰にとっても難しい事だよ。失敗なんかしたっていい。明日の事なんか考えないで、今を一生懸命に生きなさい。 「こう言ってくれたんだ。凄い衝撃だった。今を一生懸命に。お母さんもそうやって一生懸命に日々を送ってたんだなってそう思ったの。そしたらさ、何か吹っ切れちゃった。だからおねーちゃんも・・・。」 自信もってやりなよっ。と胸を軽く叩かれる。 「結果はあとからついてくるんだからねっ!」 今を一生懸命に生きる・・・。私よりずっと小さな子がこんなにも頑張ってる。 「それでね、桃おねーちゃんって前のあたしに似てたってのもあるんだけど、その西洋人の匂いもするから・・・。」 あたしの憧れの人なんだ〜。もう一度会いたい。そんな想いを込めてリリーは空を見上げた。 「そう、そうだったの・・・。」 「うんっ。だから桃おねーちゃんも胸張って頑張るのだっ。」 「うん・・・うんっ!私、やってみるっ。」 私に出来る事は少ないけど、私にしか出来ない事だってあるはずだ。 足手まといだっていい。役立たずでも構わない。自分に自信をもってやっていこう。 私の気持ちが伝わったのか、リリーは満足そうに頷くとニッコリと笑ったのでした。 「あ、そうそう。でね、依頼の事なんだけど・・・。」
「ごめんごめん、お待たせっ。」 寄港してから既に数時間。日も大分高くなってきた頃、私はリリーの協力を得て何とか補給の許可を頂いてきました。 「おかえりやす。船長、大変だったんじゃ?」 中堅船員が心配そうに私を見つめた。ふふ、もう大丈夫だよっ。 「ううん、私の仕事だから。それより日が暮れる前に補給終わらせて出航するよ。皆急いでっ。」 ここはオスマンの港だ。変装していたとはいえどこかで感づかれてたら不味い事になる。 「あいさー。船長は指示を。あとはあっしらがやりやすぜ!。」 「うん、頼りにしてます。さ、取り掛かるわよ!」 今を一生懸命に。悩むより行動する。小さな先生に教わった事だ。 これから先どんな苦難があっても乗り越えられる。そんな気がした。
「どうやら一皮剥けたようだな。」 「旦那の言ってた通りだ。船長、人が変わったみてぇだ。旦那、どうやったんで?」 熟練船員は困ったように頭をかくと、 「いやあ、俺は何もしてねえよ。どうやらもっと良い先生に先越されちまったみたいだけどな。」 豪快に笑った。もう大丈夫だ。船長は良い船乗りになれそうだ。そう、あっしらのお頭のような偉大な船乗りに。 「そうなんですかあ。ま、うちらとすりゃ船長が成長してくれるのは良い事にちげねぇや。」 中堅船員も釣られて笑う。船長、困った時はあっしらがいくらでもサポートしやすぜ。
以心伝心。そんな想いを風にのせ、夕刻前、商用キャラベル「アマルシア」はチュニスを発っていったのです。
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