ついにDOLも東南アジア解禁となりました。 東南アジアは、私にとってちょっとした思い入れのある地域でして、機会があればリアルでミャンマーに行って見たいなって思います。 というのも・・・(今回のお話はDOLと関係ないので気になった方だけどうぞ
私の母方の伯父さん。若い頃はバックパッカーとして働きながら世界各地を転々としていました。 「インドには美人多いぞ〜。とか、マグロ漁船は保険つくから給料は凄かったが、乗ったら海に落ちたらまず助からなかった・・・」(マグロの良漁場は海がよく時化たり水温−20度?の流氷漂う海域だったらしいです。よくわかんないけど) とか、小さい頃から伯父さんのお話聞くのが楽しみでした。実家と伯父さんが住んでる場所がかなり遠かったのですが、伯父さんの住んでる近くにディズニーランドが会った為、それを口実にしてよく遊びにいってました。 伯父さんの家族はミャンマー(現在日本国籍)の奥さんと子供が二人(とはいえ私より年上)です。バックパッカー時代に出会い、周囲の反対を押し切って交際し結婚したそうです。 今は国際結婚もそんなに珍しくはないけど、当時は相当反対されて苦しんだとか。でも、自分で一生かけてこの人を守るって決めて実現させました。凄い人だなあって思います。
私が大学生の時(つい最近ですよ!強調)実家に仕送りする余裕なくて、アルバイトしながら大学に通っていました。 朝二時くらいに起きて六時まで働いて、学校行って、夕方には戻ってまたバイト。大変でした。自分で勉強したくて大学行ってるんだからって言い聞かせて頑張ってたのかなあ。 今考えるとその時の経験あるから、大抵の仕事は苦に思わずに出来るし良い経験したなって思います。 でもやっぱりお金がなくて、贅沢ほとんど出来なかったです。そんな時に伯父さんから電話がきて「一緒に飯でも食わないか?」って誘われました。 新宿にある食い放題の焼肉屋さんに連れてってもらいました。お肉は輸入物だったけど、当時は凄く美味しかったのを覚えています。 伯父さんと一緒に美味しいご飯食べて、お酒飲んで、しばらくぶりの贅沢を満喫。「頑張れよ 辛かったらいつでも電話しろ 飯くらいいくらでも奢ってやる」って言いながら頭なでなでしてくれたんだっけ。 そんな方だったのですが、娘さんが悪い男に引っかかってしまい、クスリに手を出して最後は借金取りから逃げるように男と心中しちゃいました。 私は当時学生だった事もあり、詳しくは知らされていませんでした。警察の仕事し始めてからかな。詳しく聞けたのは。 伯父さん相当参ったらしくて、でもそれでも時々私をご飯に連れてってくれました。
月日は流れて、私も仕事始めた頃、メールが届きました。 「今後は生活保護になる為電話も制限されます。詳しくは夜に連絡します」 !? 一体どうしちゃったの・・・。 急いで家に帰って連絡を取ると、無理がたたったのか伯父さんは予後不良の病にかかっていました。 日本でも数千人いるかいないかという珍しい病気で、現在有効な療法はなく、徐々に身体がダメになっていく病気だとか。 人工透析が間もなく開始されるのでその前に連絡しときたかった・・・らしいです。 医療費の負担も相当なものになるため、生活保護を申請したとの事でした。 この時点で余命数年と宣告されました。 伯父さんはそんな身体になっても残された家族が楽に暮らして行けるようにって、自身が持ってる有価証券を売却したり、子供や奥さんの為に知り合い通じて口利きしたり。 父親って凄いんだなあって思います。 ゲームではなく、リアルで自分の死が目前に迫ってそれを実感しながらいつも通りに家族や周囲を気遣って生活しています。 告知から二年と少しが経ちました。 伯父さんと焼肉食べに行く事は出来なくなってしまったけど、その頃の記憶忘れないようにしていきたいな。 そんな想いで日記をこっそりカキカキします。
いつか機会があったら、私の伯父さんが辿った軌跡見つけにミャンマー行ってみたいなって思います。 強く、優しく、明るく、そんな伯父さんに感謝を込めて。
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